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労働あ・ら・かると

カンボジアの郵便局で「『しごと』と『しくみ』」を観察する

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 先月徳島県、香川県周辺を訪問した際の話を掲載いたしましたが、このところ旅づいてしまい、先月下旬にカンボジアを訪れる機会を得ました。

 筆者は、外国を訪問する機会を得ると、事情が許す限りその国の「ハローワーク(公的職業紹介機関)」と「郵便局と街のポスト」と「市場(百貨店)」に行くようにしています。
 ハローワークは、筆者の現勤務先の「職業紹介」の観点から、また「郵便局と街のポスト」は友人に日本の郵政関係者がいることと、やはりその国の情報通信のインフラを覗き見したいという興味から、また小売市場は、その国の消費の姿を見るということと筆者が若い頃身を置いた業界だから、ということから、海外旅行の際の自分へのキーワードとしています。

 10年位前に中国を訪問した際、職業紹介機関の建物に、中国語の簡体字で「○○職業介紹所」「人材交流服務中心(服務=サービス、中心=センター)」といった看板が掲げられていることに、同じ漢字国家だなぁと妙に納得したり、郵便のマークが「郵」で、日本の〒マークは海外では全く意味を為さず、日本戦前の逓信省の「テ」のカタカナデザインであったことを思い出したりしました。中欧を訪問した際にも、投函用ポストや各戸の郵便受けに記されている郵便のシンボルマークが、オーストリアではホルンであることを発見して「なるほど歴史的に見れば、ヨーロッパ山岳地帯ではホルンで情報を伝え合ったのか!」と感激しました。
 ベトナムに行けば日本の厚生労働省に相当する労働行政機関の名前が「労働・傷病兵・社会問題省 / Bộ Lao động, Thương binh và Xã hội / Ministry of Labour-, Invalids and Social Affairs」という名称であることに、この国の歴史を感じたりする経験をしました。因みに中国の同様の行政機関は、10数年前に訪問したときは「労働和社会保障部」でしたが、最近は「人力資源・社会保障部」というそうです。ジンリキシゲン=Human resourcesですね。

 筆者にとって12年半ぶり2回目となる今回のカンボジア訪問は、世界遺産のアンコール遺跡群中心に、特に前回は地雷撤去が進まず立入禁止で、その後安全が確認されたエリアを回ったのですが、市街地に戻ってきて、現地でお願いした通訳の方に「職業斡旋所を見たい」とか「人を雇いたいときに企業がその情報を掲示するところは?」と質問したものの、私の語学力表現力の問題もあって、結局通ぜず、カンボジアの職業安定機関を見ることはできませんでした。負け惜しみで「きっとカンボジアには(少なくともシェムリアップには)公的な職業紹介機関は無いんだ。」と思うことにしました。日本人の方がプノンペンで民間人材ビジネスを立ち上げたという情報はWebで拝見しましたが、読者の方々の中で、カンボジアの公的な職業紹介について、なにかご存知の方がいらっしゃったら是非ご教示ください。

 一方、シェムリアップ市内の郵便局に行くことはできましたが、ガルーダ(もしかすると「カルラ」?インド神話を起源とする怪鳥。)が入口に飾られたその郵便局の前にポストはあるものの、街中ではほとんど見かけません。また、そう広域に歩きまわれた訳ではありませんが、住宅街の家にも郵便受けらしきものが見当たりません。郵便を投函する手段方法について、宿泊しているホテルのフロントの方に聞いても、通訳の方や食堂で隣り合わせになった方に聞いても、「ホテルの係の者に渡せば、郵便局まで持って行ってくれます。」という返事が、押並べて返ってきます。

 郵便局のカウンターで切手類は販売しているものの、郵便を出しに来た人がカウンターで切手を購入して手紙に貼付して、局員に手渡しています。一目瞭然日本人の風体の私に、アンコールワットデザインの切手の購入を一生懸命奨める局員の方に、私の方から質問をしたり、更に様子を見たりしていると、「私宛の手紙(小包?)は着いていますか?(と、言っているらしい。)」クメール人の方が現れ、身分証明のようなものを見せ、何がしかのお金を払ってゆうパック様のもの封筒を受取っています。
 「そうか、きっとカンボジアでは郵便の戸別配達制度が十分でなく、私書箱制度のような仕組みがあるのだろう。」と思ったりしていたのですが、大きな疑問が湧きあがってきました。
 そもそも、郵便局に自分宛の郵便が到着したこと(昔で言う「局留め」?)を、受取人はどのようにして知るのでしょうか?
 その疑問を、随行を依頼した通訳の方に言うと、怪訝な顔をするのです。
 (筆者) 「さっき郵便物を受け取りに来た人が払っていたお金は何?カン
       ボジアでは受取る人が郵便代を払うの?」
 (通訳氏)「受取るまでの保管料金か、チップだと思います。」
 (筆者) 「受取りに来た人は、郵便局に自分宛の郵便が到着したこと、ど
       うやって判るの?」
 (通訳氏)「どうやって知るか?と聞かれても、郵便局から連絡があるので
       分かります。」
 (筆者) 「その連絡はどのように受取人に来るの?手紙?電報?」
 (通訳氏)「電話かE-mailです。」
 (筆者) 「でも、さっき観光したトンレサップ湖周辺の船の上に暮らす人
       びとや、ほんの少し市街地を出たところの村には、電(力)線
       が無くて簡易発電機で電力を確保していたじゃない?」
 (通訳氏)「ボロの発電機でも充電はできますし、充電した携帯電話で、声
       の電話も電子メールも使えますから。」
 (筆者) 「……..」
 (通訳氏)「だから、ハガキやカードは、ほとんど無いです。メールで済む
       ので。郵便局でやりとりするのは、仕事の書類が入った大きな
       封筒や小包です。宛先や送り伝票には必ず携帯電話番号が書い
       てあります。送り主からまずE-mailで発送したという連絡が入
       り、気をつけていると郵便局から電話が入ります。早く取りに
       行かないと保管料が高くなることや、捨てられたり返送されて
       しまうこともあります。」

 なるほど、全国電力線網より先に通信網が発達し(郵便局には大きなアンテナが突っ立っていました)、携帯電話の普及が急速に進む国では、飛脚にルーツを持つ「信書戸別配達職業」が数多く生まれる余地があまりないのかもしれません。
 内戦と残留地雷の影響がまだ一部残り、舟上生活者も相当数いるこの国では、「モノと情報の安全な到達」を担うのは、郵便集配員、電報配達員(厚生労働省辺職業分類 751-01大分類K 中分類75運搬の職業)職種の方々によるということはあり得ないのかもしれません。

 さらに言えばインドシナ半島各国に間もなく「進出」するであろうコンビニエンスストアが社会のどのような機能を担うのかということに想いを馳せれば、発達したコンビニエンスストアのある国では、荷物を運ぶ仕事はなくならないだろうけれど、「戸別配達という機能」を必要としない社会となって、そこでは<大分類K 中分類75運搬の職業 751-01郵便集配員、電報配達員>は従事人数が増加せず消滅に向かう職種であろうし、そのロジスティクス機能は、他の<中分類75運搬の職業 755-01 荷物配達員、755-02 ルート集配員>と、<大分類D 販売の職業>の<321-01 コンビニエンスストア店長>と<323-03 コンビニエンスストア店員>が、流通の仕組みの最終段階(最終消費者への到達)を担うという「流通の仕組みと各段階の従事職種・形態」の社会が作られていくのだろうと、想い推測を巡らしたカンボジア訪問でした。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)