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特区で外国人労働者を家事サービス人材として受け入れることへの疑問

 一般社団法人日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

先月下旬に開催された経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議には「『日本再興戦略』の改訂について(案)」とういう議題が付議され、その項目のひとつに「国家戦略特区における家事支援人材の受け入れ」が掲げられています。当日配布された資料のP.43(女性の活躍推進/若者・高齢者等の活躍推進/外国人材の活用 の箇所)に、「女性の活躍推進、家事支援ニーズへの対応のための外国人家事支援人材の活用」と掲げられ、その内容は別項の「国家戦略特区の加速的な推進」P.71に記載されています。

理屈としては「女性の活躍を推進する」ために「外国人家事使用人」を活用するよう、特区において「岩盤規制の突破口を開く」という論法のようで、言い方を変えれば「家事を外国人に依頼できれば、もっと女性が外に出て働きやすくなる。」と言う発想のようです。

この改訂版日本再興戦略には、「外国人材の活用」の項もあって、そこには人手不足の建設業などへ向けた「技能実習制度の拡充等」も掲げられているので、一部にはこの「外国人労働者家事サービス」についても技能実習制度の拡大という手法によって特区において取扱うのではないかとの予想もされたようですが、その後の報道などによれば、さすがに現状のままでは問題点の多い(大阪労働局管内での外国人技能実習生関連監督指導状況=法違反率82.2%、監理団体の違反率100%)技能実習制度ではなく、「家事代行業者」の派遣による仕組みが考えられているようです。しかしそれでも問題がないとはとても思えません。

介護や家事サービス関係業界には、すでに在留資格を持つ(日本人の妻等)フィリピン国籍などの外国人労働者が多く働いていると報じられていますが、中には「過労死しても損害賠償を請求しない」といったとんでもない誓約書に署名させたり、労働基準法違反の強制天引きを行っている介護会社があるとの報道も、つい最近目にしたばかりです。

世界に目を転じると、香港に旅行された際に、公園等で活気のあるおしゃべり(情報交換?)をしているフィリピン人メイドさん達らしき人びとを目にした方も多いことでしょう。10年ほど前に韓国の人材ビジネスの協会を訪問した時の、「IMFショックによって貧富の格差が広がり、豊かな成功者の家庭に格差の底のほうの人材を家政婦として紹介するビジネスが繁盛している。」と聞いた光景や、そのだいぶ前に戦後日本の家政婦紹介業を担った方から、「戦争直後、戦争未亡人に仕事を紹介しようとすると、『私には何の取り柄(今ならさしずめ<専門性>とでも言うのでしょうか)もないし』と、絶望した目で私を見る。彼女達に対して『あなたたちは家事のプロではないか』と元気づけ、収入の道を確保する仕事は、戦後復興の中にあってやりがいがあった。」と伺った記憶も、甦ってきます。

「家事労働」をどのように見て評価をするか、また20世紀後半に日本の家政婦紹介業界が果たした功績についてお話しするのは別の機会にしたいと思いますが、過去の「家事サービスビジネス」の背景には、その一部にしろ、「貧富の格差」と「家事労働に押し込められた女性たち」があったことは間違いないでしょう。

日本はまだ批准していませんが、家事労働者に対して、一般の労働者と同じ労働時間や24時間の週休制の実現などを謳ったILO189号条約が2011年の第100回ILO総会で採択されています。

世界的にこのような条約が検討されるということの背景には、海外では外国から受け入れた家事労働者をめぐり、性的被害や人身売買が国際問題になっている現実があると思います。日本がその例外となる保証はどこにあるのでしょうか? ただでさえ、他人の目による労務管理チェックがしにくい家庭内家事サービス労働において、しかもその目的は雇用者(依頼者)が「外に出る(=不在=現場での業務管理や指示が希薄になりやすい)」ことである場面を想像すると、本来の主旨目的とは異なった事象が多発してもおかしくないと思います。また、「サービス事業者」の介在は、場合によっては職業安定法第44条で原則禁止されている「労働者供給事業」の実現を目指しているがための「特区」ではないかという見方もできなくありません。

日本人による、清掃をはじめとした健全な家事サービス業を排除して、外国人に限定する発想は、「アジアの外国人は賃金が安い。」という思い込み(前述の香港や、マレーシアなどでは、家事サービス行従事者による待遇改善のストライキの報道も目にしたことがあります。)が根底にあるように思え、そのような中で、特区といういわば治外法権という条件下で、しかも「外国人」に限定して家事サービスビジネスを興そうという真意が、奈辺にありやと疑う気持ちが払拭できません。

真に女性が働きやすい環境整備を目標とする政策であれば、40万人分保育の受皿整備に3年もかけずに待機児童解消を実現し、子育て期における地域のサポートの充実に予算を割き、男女共に長い労働時間の削減にもっと力を入れるべきではないのでしょうか。

そもそもの規制改革会議での当初には、まずは長時間労働の課題認識があり、労働時間上限規制(労働インターバル制度)等と労働時間制度をセットにした三位一体改革が必要であるといった議論があったはずなのに、いつの間にか「年収1000万以上の残業代支払い不要」のような話の影に隠れてしまっている現状において、この「特区での外国人家事サービス」をむりやり推し進めたとしても、利用できるのはごく限られた富裕層だけで、多くの女性の社会進出を後押しし、社会全体を良くする政策とは程遠いような気がしてなりません。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)