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編集力と想定力の低下を憂う

一般社団法人 日本人材紹介事業協会  相談室長  岸 健二

 ビジネスパースンが磨くべき能力として「情報収集力」「情報編集力」「想定(シミュレーション)力」「情報発信力」が起承転結のように必要だと、かねてから筆者は主張してきました。
 「情報収集力」は文字通り、自分あるいは自分のビジネス、あるいは自分が生活していく為に必要なデータやノウハウの情報を集める力のことで、IT技術の進歩、インターネットの発達でこの間格段の進歩を遂げ、さらに飛躍的に向上しようとしています。ふと気になった言葉の意味や、物事の起源や背景歴史を、いとも簡単に手元のスマートフォンから検索できる時代ですので、誰でもがこの能力が向上していると言っていいでしょう。
 しかし情報収集が容易になった反面、洪水のように溢れる膨大な情報の中から正しい必要な情報を選別して順序立て、論理構成する「編集力」は、情報量の増大に対処できず、低下しているようにも見えます。「この能力はどのようにしたら身に付け、磨けるのか?」という質問も良く受けますが、筆者の持論としては「優れた人材によって編集された文章を若い時からたくさん読み、年齢を重ねても怠らないこと。」だとお答えしています。歴史にさらされた優れた記事・文章は見事に書き手の気持ちや主張、場合によっては逡巡までも明快に伝えてくれるもの、心してしっかり読むことに勝る編集力鍛錬法はないと考えています。
 そして、入手情報については、安易に同調することなく、必ず「賛否それぞれの立場を想像して、なぜそのような主張や現象が起きるのか、多角的に検証することを忘れない。」ことが重要です。

 過日の報道によれば、ある弁護士の方に対して大量の懲戒請求が出されているといいます。筆者はその仕事ぶりを何度か傍聴し、引越業における不当労働行為をめぐる労働委員会や裁判で、冷静かつ極めて論理的な弁論を展開していた姿をみてきました。その弁護士さんは安易な懲戒請求を戒めるツイートを行っていました。これに反発した人たちがネットで懲戒請求を呼びかけ、今回の大量の懲戒請求につながったと推測されています。
 弁護士という職業については、高度の自治が実施されていますが、弁護士会に対する懲戒請求というものは誰でもできるものの、当事者の弁護士にとっては資格を奪われるかもしれない重要なことですから、懲戒請求するのであればその根拠があるのかどうか、きちんと調べてからにすべきであることは言うまでもありません。

 匿名社会の側面をもつネットで流布される情報は、中には真実の叫びもあるかもしれませんが、流言飛語も含まれています。ネットで見た扇動情報を鵜呑みにして検証することなく、また自分が懲戒請求を扇動するという情報発信、それに応じての懲戒請求という行動が大規模になったとき、一人の単位では「小さな悪意」でもそれが「大量の悪意」に変身した時に、対象に対して、自分の住む世の中に対して、どのような影響を与えるのか、そしてそれがどのような社会形成につながっていくのか、何より自分が同様のことをされたらという「相手の立場に立つシミュレーション」なしに「情報発信」してしまった結果についての想像力の欠如・不全に、心寒いものを覚えます。

 弁護士に対する懲戒請求というのは匿名でできるものと勘違いして、請求を行った人も多いとも報道されています。懲戒請求された弁護士の方々は、懲戒を請求した人に対して謝罪と慰謝料計10万円を支払う条件で和解を呼びかけ、その後応じなかった人に対して段階的に訴訟を提起する方針とのことです。同様の事象の再発防止のためにも今後を見守りたいと思います。

 成功するクラウドファンディングが好事例だと思いますが、大量の情報がスマホだけで入手できる時代に、その情報を正しく編集して自分に取り込み、その内容に対する発信をする前に、充分で適切な推理想像を働かせた上で、広く情報を発信するならば、多くの心ある人の賛同を得て社会的に意味のあることが実現できるでしょう。
 しかし、編集も検証もせずに冷静な想像力を働かせることなく情報に同調し反応してしまうこと、それが大量になってしまうことは、新たな情報化社会の負の側面ということもできるでしょう。そうした時代だからこそ「情報収集力」「情報発信力」が誰でも携帯端末を通じて可能になった「良い情報化社会」においては、理性ある「情報編集力」「想定(シミュレーション)力」が以前にもまして必要とされると痛感しています。
 「自分がされたくないことは、他人に対してしない。」「相手の立場にもなってみて考察した上での意見表明」という社会共生の大原則の影が薄くなっていることを、心から危惧しています。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)