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IT機器の進化によって「算定し難い」と言えなくなった事業場外労働時間

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 本稿執筆日においては、国会での「働き方改革法案」の裁量労働制の説明データをはじめとした議論が予算委員会で白熱していますが、労働時間の弾力的運用について改めて考えてみたいと思います。
 平成28年就労条件総合調査(平成28年1月1日現在の状況調査)によれば、「みなし労働時間制」を採用している企業割合は11.7%(前年13.0%)となっています。
 ご存知のとおり、「みなし労働時間制」は、労働基準法の第38条の2において「事業場外みなし労働時間制」、同第38条の3において「専門業務型裁量労働制」、同38条の4において「企画業務型裁量労働制」が定められています。今回の国会論議はこの「裁量労働制」の範囲を拡大しようとする法案から始まっていますが、そもそも「専門業務型裁量労働制」を採用している企業が2.1%、「企画業務型裁量労働制」が0.9%しかないことに比べ、「事業場外みなし労働時間制」を採用している企業はヒトケタ違いの多さの10.0%も存在しているわけです。
 またこの仕組みを適用されている労働者の数も、「事業場外みなし労働時間制」が6.4%、「専門業務型裁量労働制」が1.4%、「企画業務型裁量労働制」が0.3%で、「事業場外みなし労働時間制」で働く労働者は「裁量労働制」で働く労働者の4倍近く存在することになります。

 そもそもこの「事業場外みなし労働時間制」は、直行直帰が多い外回りの営業職などが、上司の指揮監督を細かくは受けずに仕事に従事し、「労働時間を算定し難い」場合に適用する制度ですが、制定当時の背景としては、携帯電話も普及しておらずいちいち公衆電話で上司に「今から仕事します。」「今から帰宅します。」と連絡するのも合理的でないことから始まったのではないでしょうか。4年前の日付のある東京労働局のリーフレット「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の適正な運用のためにには、このみなし労働制が適用できない事例のひとつに「無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら事業場外で労働している場合」を挙げていて、「無線やポケットベル」という何とも昭和的な背景を感じさせる説明になっています。

 30年ぐらい前のことですが、筆者が職業紹介に従事して人材スカウトを手掛けていたころ、外資系製造業の日本法人(販売会社)から、「自動車1台と自宅にFAX1台貸与、原則平日直行直帰で本社から指示のあった営業先を訪問し、都度当日夕刻もしくは翌日朝に営業報告書(受注に成功した時には受け取った発注書も)をFAXする。日本本社出勤は、原則月に1日の販売会議の時だけ。」という求人の相談を受け、日本の労働法に精通した担当者から「営業報告書で勤務時間が把握できるが、『事業場外みなし労働制』が適用できるか」という相談を受けたことがあります。結論としては「FAX で本社が受け取る営業日報の内容や、FAXの送受信時間で、仕事に従事した時間は把握できるので、事業場外みなし労働制は適用できないだろう。」ということになり、「貸与自動車で自宅を出て最初の訪問先までの時間は『通勤時間』だから、労災保険の適用となっても『労働時間ではない』ということでよいか。」といったディスカッションもした記憶がよみがえります。

 最近の裁判例でも、旅行添乗員業務について、添乗中でも状況によって旅行会社の指示を受け、また「内容の正確性を確認し得る添乗日報」があることから「従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難い」と、平成26年1月24日の最高裁判決では事業場外みなし労働の適用を認めないとしており、前述の東京労働局のリーフレットでも掲載されている裁判例は、すべてみなし労働時間制の適用を認めなかったもとなっています。

 最近は、労働基準監督署の摘発事例でも、個別労働紛争の場面でも、労働者の事業場への入場退出時刻については、セキュリティカードの記録、指紋認証による入退室の記録、パソコンの電源の入切、スマートフォンからの業務終了報告メールのタイムスタンプなどによって労働時間を立証するケースが増えていると聞きます。頭書の現在「労働時間が算定し難い」とされている労働者数も、もう一度精査すると「算定できるじゃないか」ということになる可能性もあるのではないでしょうか。
 ハイテク機器の進歩によって「労働者がサボっていないかどうかを把握することが簡単便利になった。」ことが、「事業場外での労働を算定し難い」ことなどほとんど失くしたのではないだろうかと思うと、「裁量労働制」の論議においても「労働者の裁量で働く時間が決められる。」という面だけを強調するのでなく、「通常の労働時間ではとてもこなしきれない仕事量を与えられた場面」を想定し、一定の総労働時間を超えた際に何らかの警告が発せられるようなハイテク時間管理と健康管理策を検討すれば、道が拓けるようにも思います。
(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)