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労働あ・ら・かると

来年1月施行の改正職安法は求人者・募集者へ周知徹底されているか?

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 今年3月31日に成立した「雇用保険法等の一部を改正する法律案」に職業安定法の大幅な改正が含まれていることは、この労働あ・ら・かるとでも、2月3月9月と、題材として取り上げるたびに触れてきましたが、いよいよ一番大きな改正部分のひとつである「求人者、募集者の義務増加」の来年1月からの施行期日があと約2カ月後に迫ってきました。
 従来、労働者派遣法にしても、職業安定法にしても、「事業者規制」に重点が置かれてきたといえます。今回の法改正には、事業者ではなく、事業者を利用して人材を確保したい求人者に対しても明確に、「求人者について、虚偽の求人申込みを罰則の対象とする。また、勧告(従わない場合は公表)など指導監督の規定を整備する。」「求人者・募集者について、採用時の条件があらかじめ示した条件と異なる場合等に、その内容を求職者に明示することを義務付ける。」の2項目も掲げられ、これらは、人を雇おうとする一般企業や個人に対しても適用されることになります。

 最初の項目は、従来罰則が無かったことのほうが不思議なのですが、従来は職業安定法第65条には「虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を呈示して、職業紹介、労働者の募集若しくは労働者の供給を行つた者又はこれらに従事した者」について、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処することが定められていましたが、よく読むとこれは自ら募集する場合のことで、公共職業安定所や民間の職業紹介事業者等に「求人」をする場合には適用されるとは読めなかったのです。
 今回の改正でこの職安法第65条に「虚偽の条件を提示して、公共職業安定所又は職業紹介を行う者に求人の申込みを行つた者」が付け加えられ、初めて民間人材紹介事業者としても悪質な求人者に対処できる根拠ができたということですから、そんな場面に遭遇したくはありませんが職業紹介事業者としては歓迎すべきことでしょう。

 しかし二つ目の項目の「労働条件変更(特定)明示」義務化については、最近出席した採用担当者の親睦会においても、経済団体に加盟しているような大手はともかく、上場している中堅以上の企業の採用担当者であっても、全く情報が行きわたっていないので、正直びっくりすると共に不安になってきました。
 もともと職業安定法第5条の3第2項には、求人申込みに当たっては、求人者がハローワークや民間職業紹介事業者に対して業務内容、賃金、労働時間その他の労働条件を明示する義務が定められています。しかもその方法は職業安定法施行規則によって原則書面を交付すること(本人が希望する場合はE-mailでも可)と定められているわけですが、ハローワークに提出する求人票はともかく、民間職業紹介事業者に求人をするにあたって、その実態の多くは口頭でなされ、事業者が求人票の体裁に作成して確認を求める事例がかなりあると聞きます。
 しかも、新卒求人であれば、勤務地は「当社本社、支店、営業所」、職種は「採用後に面談の上適性を勘案して決定する。」といった、きわめて幅広い労働条件しか明示しない(できない)現実があり、経験者採用求人においては「月給=25万円~35万円」、パート労働者の求人においても「時給1,000円~1,100円」といった、幅のある労働条件の明示がなされている現実があります。
 採用する側からすれば、当然に面談等で候補者の経験や適性を見た上で、判断して条件を提示したいのも当然ですから、このように幅のある条件を掲げて、応募者との面談等ですり合わせる慣行は合理的とも言えると思います。

 しかし一方で、ハローワーク経由の就職転職においても、実際の労働条件が求人票の記載内容と相違があるという申し出が、減ってはきてはいるものの年間9,000件以上ある現実を見ると、今回の「労働条件変更(特定)明示」義務を課す法改正も一方で必要な気もします。
 今回新たに定められた「労働条件変更(特定)明示」は、採用前の選考過程において当初明示した労働条件を変更(特定)して「この労働条件で良ければ雇用したいのですが」と、「内定を申し出る」際の労働条件も、当初の労働条件明示同様に、もう一度の書面明示(従来は「知らせる」とだけ定められていた)が原則必要とされたわけで、これが徹底されれば「入社してみたら話が違う」というトラブルの抑制には効果があると思います。
 しかし実務上は、前述のような「求人時明示された幅のある労働条件」の「幅の中の特定」だけでなく、もちろん当初明示のなかった事項を追加する場合、削除する場合も含めて、かつ候補者ごとに勤務地、賃金等は異なることが一般的でしょうから、それぞれについて「内定申し出時の労働条件」を記載して、当初明示した求人条件との差が判るよう、そして候補者がその条件を検討できる時間が十分に確保されるようにしなければならないとされています。求人者が丁寧にそのステップを踏むことができるのか、そしてその「労働条件変更(特定)明示」の記録を保管する義務も果たすことができるのか(知らなければ果たしようもありませんし)不安を覚えるのは筆者だけでしょうか。

 今回の職業安定法改正には、現在、若者雇用促進法により新卒求人だけに限定されている、いわゆるブラック企業からの「求人不受理」の取扱いを、すべての求人に適用する「ハローワークや職業紹介事業者等の全ての求人を対象に、一定の労働関係法令違反を繰り返す求人者等の求人を受理しないことを可能とする。(平成29年3月31日から3年以内施行)」という条項も含まれており、その趣旨には反対ではないものの、果たして実際にどのように運用するのが適切なのか、目が離せないところでもあります。
 この来年1月からの明示義務などの施行事項の求人者への徹底がなされないと、2年半後となったこの「ブラック企業からの求人不受理」の施行も含め、今回の法改正の実効性に疑問を感じざるを得ないのではないかという不安がぬぐえないのです。
                                                       以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)