インフォメーション

労働あ・ら・かると

改正職安法の「募集情報等提供」の意味

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

 この春に成立した「雇用保険法等の一部を改正する法律案」には職業安定法の大幅改正が含まれていることは、この「労働あ・ら・かると」でも何度か触れてきています。
 成立した改正条項は、今年の4月以降、5月、10月、来年1月、公布後3年内の別途定める日と、何段階かに分けて施行されて行くわけですが、その具体的な実務上必要な内容(政省令、業務運営要領)も、一部は今後修正される可能性が残っているものの、概ね出揃ってきました。

 2月のこの欄でも触れましたが、今回の職業安定法改正は、もちろん職業紹介事業者への規制の緩和と強化や、求人者の責任の明確化の側面を持っているのですが、それ以上に従来は原則的に自由だった文書募集等の求人広告について、募集者(求人者)のみならずその求人広告を掲載する事業者も職業安定法の網の中に取り込んだという点も大きな変化だと言えます。
 今回、新たに職業安定法第4条(定義)に「この法律において『募集情報等提供』とは、労働者の募集を行う者若しくは募集受託者の依頼を受け、当該募集に関する情報を労働者となろうとする者に提供すること又は労働者となろうとする者の依頼を受け、当該者に関する情報を労働者の募集を行う者若しくは募集受託者に提供することをいう」と第6項が追加されました。どこかで明確に定義されているのかもしれませんが、今回の改正で(あるいは以前から)「求人」とは、広義に「人を求めること」だけではなく、狭義には「公共職業安定所や地方公共団体、民間の職業紹介所などに、人をあっせんしてもらうように依頼すること」とし、「募集」というのは、「自ら人を雇用しようと募ること」と使い分けているように思えます。

 「労働者の募集」については、今回加わったこの「募集情報等提供」の項の前に以前から定義されており「労働者を雇用しようとする者が、自ら又は他人に委託して、労働者となろうとする者に対し、その被用者となることを勧誘することをいう」となっていますから、いわゆる「求人広告」については、この勧誘内容を広く知らしめるために文書等に掲載する「文書募集」の手段のひとつであったわけです。この点は「労働者募集業務取扱要領」でも、「文書募集とは、募集主が労働者を募集する旨の広告を新聞、雑誌その他の刊行物に掲載し、又は文書を掲出し、若しくは頒布することによって労働者を募集することをいう。刊行物とは、臨時・定期を問わず発表又は頒布の目的をもって同時に多数作成される文書、図書をいう」として、「募集主」と「掲出媒体」もきちんと区別され、「なお、テレビ、ラジオ等電波による募集、有線放送等による募集、電話を利用した募集、インターネット、パソコン通信等を利用して行う募集も文書募集として取り扱われるものである」と記載されてきました。

 しかし、IT技術の進歩、インターネットの普及に伴い、この「インターネット、パソコン通信等を利用して行う募集」が、他の広告等の「求人情報提供」媒体を利用した募集にはなかった機能が付加され、「職業紹介」との区別がつきにくくなったことが、今回の法改正の背景であるという言い方もできると思います。

 読者の方々が「広告」と聞いて思い浮かべるのはどのような形態でしょうか? TVコマーシャルであったり、新聞や雑誌の紙に印刷された宣伝であったりするのでしょうか?
 こと「求人」ということですと、新聞の3行広告を思い出す世代の方もいらっしゃれば、「就職情報誌」を想い起こす世代の方もいらっしゃるでしょう。
 これらの「広告」に共通する機能のひとつは、「消費者に商品・サービス情報を届ける」という情報伝達だということです。そして実際の購買行動は、その広告掲載媒体を通じることなしに、消費者が直接店舗にでかけ、あるいは電話をして注文するというサイクル(情報提供元→情報提供媒体→利用者消費者→<利用購買行動>→情報提供元)が出来上がっていました。「就職情報」という観点でも、同じサイクル(募集者→広告媒体→求職者→<応募行動>→応募先募集者)という、仕組みで回っていました。ですから応募者の個人情報が広告媒体の主催者を通過することはなく、応募先と本人以外に保有されることはなかったわけです。

 ところがIT技術の進歩、Web利用の普及によって、「情報伝達の双方向性」というその特徴が、思わぬ効果を生むことになりました。情報の伝達サイクルが(募集者→募集情報のWeb掲載事業者→求職者)であると同時に(募集者←募集情報のWeb掲載事業者←求職者)という双方向なものとなり、行きも帰りも情報が通過する募集情報のWeb掲載事業者の一部は、そこに「情報の選別機能」という付加価値をつけることを始めたのです。

 もう10年以上前のことですが、求人情報を多数掲載しているWebサイトを閲覧するにあたっては、閲覧者の属性(性別、年齢、学歴等)を入力した上でないと内容を見ることができない設計のものが一般的でした。ある日人材の方から冷静な指摘(しかしその内容の本質は苦情若しくは抗議)が寄せられました。その方は「自分の年齢を騙ることは良くないこととは知りつつ、自分の年齢を33歳、34歳、35歳、36歳と、変えて求人情報サイトを閲覧してみた。そうしたら36歳と入力した途端に表示されなくなる求人が多数ある。これは実質的な年齢差別ではないか」というものでした。当時は雇用対策法によって努力義務であった求人募集時の年齢制限緩和を、原則禁止すべしという論議が始まっていた時期だと記憶しています。恐らくは(推測の域をでませんが)コンピュータシステムの中に、閲覧者の年齢によって表示する・しないという仕組みが組み込まれていたものと思います。
 その後のIT技術の格段の進歩によって、従来通過しなかった応募人材の学歴専攻や職務経歴が通過するようになったサーバーに、どのように組み込まれているのか分かりませんが、情報の一方通行の時代には、TVコマーシャルにしろ紙面広告にしろ、不特定多数に情報が届けられるために「衆目」という点検が為されたのですが、コンピュータやスマホ、タブレットを通じての情報の双方向のやりとりの際に「選別」機能を付加したくなる例が出てきてもおかしくない事態となりました。なかなか「社会のウォッチング機能」が働きにくい状況になっていると言えます。

 一方通行の情報の求人広告の時代とは異なった、規制の対象とならざるを得ない機能を持った「募集情報等提供事業」の「等」とは、「労働者になろうとする者に関する情報を労働者の募集を行う者に提供することをいう」ことが含まれることを法律本文に明記したことの背景には、このIT技術の進歩による情報の双方向性機能の進化があることは、これからのAI時代の社会のあり方や法規制を考える際に忘れてはならないことと思います。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)