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わが国の企業経営と人材の関係をどのように考え対応するか その2.企業の人材確保の問題点と今後の対応

                                          MMC総研代表 小柳勝二郎

 企業経営においては、人材の重要性が指摘され、各企業も優秀な人材を確保するために努力しています。人材確保についてのアンケート見ると、名前の通った大手企業ではそれなりの人材が取れたといった声も聞けますが、多くの企業が満足しているような状況にないように思われます。

 とりわけ中堅・中小企業の担当者の声を聴くと、「優秀な人材の確保が難しい」とか、「予定した人数の半分くらいしか確保できなかった」など、人材確保についての悩みは多いように思います。
 日本企業の人材確保の実態がどのようになっているか、労働政策研究・研修機構の「今後の産業動向と雇用の在り方に関する調査(2010)」のアンケート結果を見ますと、現在も今後も①「新規学卒者を定期採用し、育成する」会社が最も多く、次いで「専門的な知識やノウハウを持った人を中途採用する」「高齢者の再雇用・勤務延長を行う」等になっています。
 最近は中途採用や通年採用を導入している企業が増えていますが量的には学卒者に対する期待が大変大きいといってよいでしょう。

 日本企業の人材確保の仕方は、学卒一括採用ということでもわかるように、卒業することを前提に会社として新規の学卒者が何人必要かを決めて確保に努めることに特徴があります。
 企業が一括採用する場合は、当然、自社の経営状況・仕事の質量を踏まえた人員計画により採用人数を決めます。採用の大きなくくりとして、自社の業務内容を踏まえて文系学部卒何名、理系学部卒何名の大枠を決めて採用活動をしますが、理系学部は専門的能力が求められますので、ある程度の規模の企業になりますと電子科、機械科、電機科など学科別に必要人員を決めて採用活動を行います。
 文系学部卒の採用は、一部に経理職種のように職種別採用を行っている企業もありますが、多くの企業は、学部を問わず優秀だと思われる人材を採用しています。文系学部の仕事は人事、経理、経営企画、総務等多くの部門がありますが生徒がどのような仕事に就くかは入社してみないとわからないのが実態です。
 日本の人材確保は“就職”ではなく“就社”と言われる所以です。

 欧米では人材確保はどのように行われるのでしょうか。国によって多少に違いはありますが、日本のように新規学卒一括採用の考え方ではなく、通年採用で、職務をベースにした採用というのが一般的です。つまり会社が必要な時に、職務遂行に必要な人材を採用するという考え方です。組織・各職位のやるべき仕事が決まっていますので、職位に空きが出た場合や新組織で人材が必要なときに職務ごとに募集し、それを最もよく遂行できる人を採用するという考え方です。
 日本企業でも中途採用は職位限定で例えば、経理課長、経理部長の職務を明確にしたポスト採用をする場合はあります。しかし、一般職を採用する場合は経験や具体的能力が自社の要求レベルにあっているかを検討しますが、欧米のような担当する職務内容や権限を盛り込んだ職務内容を基にした雇用契約を取り交わすことは少ないように思います。
 契約の内容にもよりますが経理ということで入社しても本人との話し合いで他部署に異動する場合もあります。

 日本では配置転換を行っていろんな仕事をさせ、育てながら昇進させる企業が多いですが、欧米ではそのような発想はなく、上の仕事のポストが空いた場合に、そのポストに期待される職務内容を十分遂行できると上司が判断すれば昇進するチャンスがありますが、なければ外部からそのポストに相応しい人材を採用することになります。
 日本は人事についてのいろんな権限は人事部門が持っていますが、欧米では部門長が持っています。部門長は採用者が取り交わした職務内容・成果も含めた契約内容が実現されていないと判断した場合には解雇し、そのポストに相応しい人材を企業内外に募集し、もっとも相応しい人材を採用することになります。

 欧米では経営目標達成の経営戦略組織ができ、それを最も効果的に実現するためにどのような仕事を何人で遂行するかの考え方が明確になっています。つまり、目標達成の組織→職務→人の関係になっています。人材の採用は部門長の提示した担当すべき職務内容と応募者との話し合いで職務記述書を作成し、それをもとにして雇用契約が結ばれ、上司はその結果を評価します。
 日本には職務という考え方が社会的に形成されていないことや高等教育で職務との関連で教育がなされないこともあって、仕事との関連の教育は入社後企業がオンザジョブトレーニングや座学研修等で教育して育成する方法をとっています。

 日本の新規学卒者は、職務経験や企業の業務内容を良く知らないこともあって、入社後肌に合わないとか、仕事が面白くないなどの理由で新卒者の卒後3年以内の離職率は大学卒で約3割、高卒者が約4割で推移しています。
 欧米では、日本のような新規学卒者の一括採用という考え方がないため、経験のない学卒者は既卒の経験のある労働者と同じ土俵で就職活動を行いますので、大変厳しい状況にあると言ってよいでしょう。そのような事もあって、新規学卒者の雇用環境は厳しく、若年者の失業率は高く、社会問題になっています。欧米の学生は、経験や実務能力を高めるために在学中の休暇等を活用してインターンシップやアルバイトをしたり、資格を取ったりして自分の働きたい仕事にチャレンジします。学卒者の就職に当たっては、欧米の環境は日本よりかなり厳しいといってよいでしょう。

 日本でインターンシップが話題になったのは就職協定が守れないので廃止した後の対応策として実施が注目され、一部の企業で実施しましたし、今でも実施している企業があります。
 インターンシップは学生が就業経験を積むということで良い点もあり、企業、学校、学生はそれぞれの思いで活用しています。しかし、雇用形態や就職の仕方など全体の仕組みや環境が変わらないのに欧米の仕組みを導入してもうまくいくはずもなく、期待されたような結果になっていないというのが実態ではないかと思います。

 インターンシップは職務経験をするということで採用試験と異なりますが、最近、企業の中には就職協定のルール違反にならないインターンシップを早めに実施してその中で良い人材を確保している企業もあると言われています。インターンシップを実施する場合は、一般には1週間前後、年2回程実施しています。1日だけのインターンシップを実施している企業もありますが、1日だけでは就業経験が短すぎると思います。
 そのような企業はインターンシップ制度を人材確保に活用しているのではないかとの指摘もあります。つまり、インターンシップを名目にして就職協定を守らないで採用活動していることになります。新規学卒者の採用のやり方については残念ながら企業の倫理性が社会から問われています。

 欧米型の採用が環境変化に対応しやすい、学業に支障をきたさない、働く仕組みが効率的で生産性が高い人材を確保できる等良い面がある反面、優秀で、将来性のある若年層の雇用の場が少なく失業率が高く、社会の不安定要因になっているという大きな問題があります。
 日本の場合は、人材確保で圧倒的に高い比率を占める新規学卒者の就職率は、その年の景気動向にもよりますが大学卒で見れば80%前後の数字になっています。あまり贅沢を言わなければ、就職希望の大体の人は職に就けるとも言われるほど恵まれた状況にあります。
 その反面、いったん就職しても会社に合わない等の理由で離職する人は、先ほど述べたとおり、大卒者については3年間で約3割、高卒で約4割となっています。また、卒業年に就職をしなかったとか、就職後離職した場合は、再度正社員で就職することは年齢が高くなれなるほど大変難しく、賃金が低下する場合も多く、人材の確保が環境の変化に対応できないという大きな問題があります。

 人材の確保について欧米と日本とを比較した場合、それが各国の考え方や制度・仕組みの上に機能していますので一長一短があり、どちらが良いかを判断することは難しい点はあります。
 あえて言えば、日本の大学は欧米型のようにしっかり学業に取り組む仕組みに変え、若年層は将来を担う人材ですので社会への入り口は日本型で就職しやすくする。労働市場は再就職がしやすい環境に整備し、経営環境の変化に対応できるよう流動化しやすくする。全体の処遇制度は年功ではなく職務・成果を反映した制度に切り替えること等を総合的に検討する時期に来ているように思われます。

 日本の新規学卒中心の人材確保の考え方が良いということであれば、透明で納得性・公正性の高い制度を作るとともに企業・学校・学生はそれを順守するという意識改革が必要です。守れるかどうかは企業側に大きな責任がありますので、外資系も含めた日本に籍を置くすべての企業が守ることが前提になります。
 決めたルールを守らない企業が出た場合は、例えば、企業名を公表する、課徴金などのぺナルテイを課し、責任を明確にするくらいでないとよくならないでしょう。このような話をすると、いろんなケースがあり、ぺナルテイは難しいという以前と同じ結論になると思われますが、それでは進歩はなく、今までと同じことを継続するということになります。
 ぺナルティは違反をしなければ発生しないわけですので、本気でやるのであればそれなりの覚悟が必要です。

 優秀な人材確保の観点でもう一点気になる点があります。それは大学院生卒の活用問題です。政府は高度人材を求めていますが、日本の大学院の現状を見ますと問題が多いように思います。
 理系部門は最近学部卒では勉強のレベルが足りないということで、大学院の修士課程を卒業して就職している人が多くなってきましたが、4年の博士号を取得した人材、いわゆるポスドクの就職環境が厳しいとのことがかねてから問題になっています。
 大企業では博士号取得者はそれなりにいますが、多くの企業では、学部卒者を採用し、企業内で自社にあった人材は実務を通して育成するとの考え方が強いため、今まで博士号を取得した人を敬遠してきたように思います。その結果せっかく博士号を取得しても、能力を発揮する場が少なく問題になっていました。

 最近、日本では科学立国をめざすとか、高度専門能力者の活用等が言われています。生産性向上や競争力強化の時代を迎えて、大学院生の質をさらに高めつつ、高度な能力を保有する博士号取得者を公的部門や私企業を含めて積極的に活用していくことが重要です。
 文系の修士や博士号取得者について企業は敬遠気味ですが、欧米の企業訪問をすると文系の博士号を持っている人からよく説明を受けました。
 これからは理系・文系を問わず個々の力を高め、効果的な仕事の仕方や質の高い仕事を積極的に展開していくためにも、高い能力を持つ院生卒の有能な人材を積極的に活用していくべきでしょう。

 また、グローバル人材の確保も年々重要度が高まっています。外国人については現在日本に留学している人材を中心に採用していますが、海外展開している企業では積極的に現地の優秀な人材を確保することが必要で、好むと好まざるとにかかわらず、企業は多様で優秀な人材をいかに確保するかが企業成長・発展のカギを握っているということになりますので、広い視点に立って優秀な人材の確保に努力していくことが重要です。