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今月のテーマ(2010年9月)
働く姿は美しい、だが精神障害を発症するほどの働き詰めは返上したい
どのような仕事にしても、一心不乱、真面目に働く姿は、実に美しい。時に神々しさすら伝わってくる。汗をかき、知恵を絞って、一つの仕事を成し遂げたときの姿は、しばし見とれるほどである。それは、オフィスでのデスクワークや工場でのものづくり、流通の現場でも営業先でも、日常の平凡な仕事の中に、仕事への興味や関心があれば、いくらでも見出すことができる。ただ、仕事への不満が鬱積しているとか、「超」の字がつく長時間労働で心身ともに疲れ切っていれば、仕事への喜びを見出すことはできない。
大きなプロジェクトを気心のあった仲間と苦労の末、成功させれば、満足感も大きいが、何もそればかりではない。小さな仕事にも、なくてはならない仕事がある。それを淡々とこなすことも大事な仕事なのだ。
宇宙飛行士の数カ月に及ぶ宇宙遊泳は、命を賭けた激務である。そこでの実験・調査の結果は、人類に大きな果実をもたらす。それだけに責務を果たした満足感から、地球に帰還したときの姿は、まさに美しい。宇宙飛行士の言葉の一つひとつに重みを実感させられる。同様に、大海原での漁師の荒波と戦う姿、果樹園での老夫婦の果物に愛情を掛けて手入れする姿も、また美しい。
まさに働く姿は、美しい。だが、働き過ぎに対する多くの警鐘が鳴らされてきたにも関わらず、相変わらずの長時間労働や休日労働、連続する深夜労働が職場に蔓延していては、働く姿が美しいなどといっておれない。加えて、グローバル化の波に翻弄され、経験不足の労働者に新たな事業の責任を持たせ、しかもノルマだ、上司からの叱責・罵声、パワハラでは、精神障害を発症しない方が不思議というものだ。
いま、仕事に関連して精神障害を発症し、身体を壊し、長期療養の末、最悪の場合、自殺に追い込まれるなどで、遺族から労災補償を請求するケースが確実に増えている。人生には喜びも悲しみもある。その貴重な人生を、自ら命を絶つ。何ともやりきれない。
いま、職場の姿は、どのような変化をみせているのか。働き盛りの人財(敢えて「人材」でなく「人財」を使う)の自殺は、被災者本人をはじめ家族にとっては大きな不幸だ。会社にとっても大きな損失であるはず。果たして、いま働く現場に何が起きているのか。日本人は、国際社会から働き蜂と揶揄され、職場にすがりつき、家庭を顧みない長時間労働が勲章みたいであった。が、ここは、仕事での充実感とともに、生活時間をも考慮したメリハリのある働き方と家族や地域での生活時間を増やす方向を是非目指したい。
数字で、そのあたりを検証してみよう。
警察庁の調べによると、2009年の1年間に全国の自殺者は、3万2,845人を数えた。年間の自殺者数が3万人を超えたのは1998年(平成10年)以来、12年連続である。動機別では、健康問題が多いが、経済・生活問題、失業、就職の失敗などの理由が増えているという。中でも、働き盛りの中堅社員がリストラの嵐の中、職場での人間関係に悩み、超多忙な業務を付加され、過重な労働時間に耐えかねて精神障害を患い、自殺に追い込まれるというケースも目立つ。
厚生労働省の発表によると、平成21年度の精神障害事案の労災補償請求件数は、1,136件で、初めて1,000件の大台に乗った。同20年度の927件に比べ、209件、22.5%の増である。この5年間の動きをみても、平成17年度が600件台、同18年度には800件台へ、同19年度と20年度は900件台へと増え続けている。21年度の1,136件を年齢別にみると、30歳代が最も多く364件、次いで40歳代の316件など働き盛りの年代層だ。しかも、労災補償上の精神障害と認定された事案の1カ月平均の時間外労働時間数は、100時間から140時間の幅にあって、働き詰めの生活という姿が描かれた。
政労使が競って、ワーク・ライフ・バランスを唱えても、とくにホワイトカラーの世界では、働くこと−ワーク一辺倒で、生活時間を削っての姿が目につく。深夜まで働き詰め、睡眠時間を削っての早朝からの出勤では、心身ともに疲れきっていよう。疲労の蓄積は、過労死に直結する。疲れきった頭脳で、いい仕事ができるというのだろうか。働く人の心と身体の安全・健康を守らずして、企業経営の健全な明日が約束できるのだろうか。
いま、世界的に“ディーセント・ワーク”が、先進国にかぎらず、発展途上国でも語られる。それは、日本語で、「働きがいのある 人間らしい仕事」とされる。果たして人間らしい仕事が、日常の職場で語られているであろうか。
否である。ILOのフィラデルフィア宣言の第一に掲げられている“労働は商品ではない”という崇高な理念をいま一度想起してほしい。グローバル化や厳しい企業間競争の中で、労働が商品以下に取り扱われてはいないだろうか。
人間の尊厳こそ、労働の原点であると考える。ところが、労働の現場には、人間の尊厳をないがしろにするような姿勢が数多く見受けられる。ここは、大いに自戒し、他山の石として学び、職場から過労死や精神障害を発症するような超長時間労働をなくし、パワハラやいじめのない快適な職場づくりを競ってほしい。
確かに、労働は美徳である。だが、超長時間働くのが美しいとはいえない。
【飯田康夫 労働ジャーナリスト・日本労働ペンクラブ前代表】
