労働あ・ら・かると

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今月のテーマ(2011年12月 その4)

社会保障の規範を守ろう

 政府の「社会保障と税の一体改革」のうちの社会保障の部分が次第に明らかになってきた。年金では、本来のスライド調整で給付を低くするはずの措置(2.5%分の削減)が3年をかけて実施されることになった。この「過払い分」は、どのような根拠で正当化されたのだろうか。年金を受け取る高齢世代が少しでも得をするために、労働を通じて懸命に毎日を生きている若い世代が、その利他の精神で寛容にこの措置を「見逃した」のだろうか。たぶんそうではあるまい。自民・公明および民主党による新旧政権の、票を失いたくないという配慮と、勉強不足が招いた、根拠のない社会保障財源の楽観論の結果であろう。高齢者に払い続けていた年金財源は、いうまでもなく主に現役の勤労世代の拠出によって賄われている。若い世代が、「社会連帯」の美名のもとに払い続けている年金保険料から、この財源が出されていたのである。賦課方式のもとでますます負担だけが増加する構造になる若い人々にとっては、この負担軽減措置は確かに朗報である。同時にこれは会社にとってもとりわけ朗報となる。

 社会保障の財源について、さらに詳しく説明しよう。周知のように、わが国の社会保障給付費は、直近の数字で99兆9000億円程度(2009年現在)である。このうち、「年金」が51兆7,246億円で51.8%と最も多くの割合を占めている。「年金」の対前年度伸び率は4.4%となっており、年々その負担感は増大し、特に若い世代に制度が暗い未来として映る根拠となっている。これを賄う社会保障収入は約121.8兆円である。この収入を構成する財源のうち、最も比率の高いものは「社会保険料」の55兆4,126億円で、収入総額の45.5%を占める。同じ年度の税収入総額がおおよそ39兆円であるから、社会保険収入がはるかに上回っている。社会保険料は、会社が拠出する事業主拠出と従業員が自分の賃金から拠出する被保険者拠出とがあるが、事業主拠出は26,1兆円(21.4%)であり、被保険者拠出が29,3兆円(24.0%)である。このように、わが国の社会保障の財源を賄う仕組みは、従来から会社の負担金と働く労働者の賃金によって構成される社会保険料が支配的であった。社会保障の精神が、利己主義ではなく利他主義によって構成されてきたのも、忠実な企業と勤労者の努力によって拠出金を賄い続けてきたからである。だが最近では社会保険料の財源構成比率が次第に縮小し、変わって国税、地方税等の公費の割合が増えてきている。最近の政府が、社会保障の勤労市民と企業の利他精神の役割を、軽んじている表れといえる。

 最近の政府の政策は、こうした精神と逆行する事例が目に余る。政府は低所得者への年金加算と称して、単身で年額65万円未満の人々に月1万6千円の年金を加算するという案を示している。いろいろな理由はあろうが、年金保険料を払わない人は当然給付が削減される。しかし現在でも忠実に年金保険料を払い続けている人々が圧倒的に多い。会社から自動的に徴収される厚生年金・共済年金はもちろん、国民年金保険料も毎月勤勉に払い続ける人々が多いのは、個人の人間としての尊厳と約束を守り、制度に忠実な日本人の国民性による。もし支払いを怠って年金が十分に受給できない人がこの対象になった場合、低い収入の中から忠実に払い続けた人と同等かそれに近い額が受け取れるとしたら、会社およびまじめに働く労働者は、今後も利他精神によって社会保険料を払い続けようとするだろうか。すでに政府は、国民年金の届け出をしなかった主婦の年金救済を声高に発表した経緯がある。この時も、忠実に約束を守った人々を愚弄するような措置を発表し、当然ながらその後取り下げた。年金は、人の人生の終着を表す所得保障である。地味だが、ひたすら真面目にこの国を支え続けた人々こそが、給付の増額を考える政策の配慮に値する人間ではないのか。高齢期に結果として困窮した人々がすべてこれに当てはまる、と本気で考える者はいない。政府・与党は派手なパフォーマンスを見せる前に、社会保障を懸命に支える人々の士気を高める動機づけをもっとしてもらいたいものである。

【矢野 聡 日本大学法学部教授】