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今月のテーマ(2009年12月)
脳・心臓疾患に関する行政による労災補償の認定と裁判所の判断
脳・心臓疾患(いわゆる過労死)に関する労災補償の認定については、行政による業務上外の決定がされたもののうち実際認定される割合は、平成14年度以降毎年40%台で推移している。つまり、脳・心臓疾患について労災補償を請求したもののうち、半数以上は、行政では業務上であるとの認定を行っていない。
しかし、行政が業務上であるとの認定を行っていなくても、それで終わるということではなく、多くのケースが裁判に移行している。
労災保険は、業務上の事由等による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行うことを主たる目的としており、公正な保護と並んで、迅速な保護をするということも重要な目的となっている。
このような労災保険の目的に照らすと、多くのケースが裁判に移行しているという現状は、少なくとも迅速な保護をするという目的からは、きわめて問題があると言わざるを得ない。
多くのケースで裁判に移行している理由は、請求した被災者やその遺族が行政の判断に納得していないことはもちろんであるけれども、これに加えて、裁判所では業務上であるとの認定が行われる可能性が高く、被災者などはそれに期待しているのである。言いかえれば、脳・心臓疾患に関する労災補償の認定について、行政に対する不信感があるということである。
このような不信感を解消するためには、行政においても、最終的に判断する立場にある裁判所の判断を先取りして、労災補償の認定を行う必要があると考える。
脳・心臓疾患に関する労災補償の認定については、認定基準が設けられている。この認定基準については、医師を中心とした専門家で構成された専門検討会における検討結果を取りまとめた報告書を踏まえたものであるので,その内容は尊重されるべきものであり、少なくとも認定基準の認定要件に該当する場合には,「業務上の疾病」に該当すると考えるのが合理的であると裁判所は、一般に評価している。
したがって、認定基準の認定要件に該当するものついては、裁判に移行するまでもなく、行政内部で業務上であるとの認定を行ってしかるべきであるが、現実には、これが裁判に移行して、裁判所が認定基準の要件を満たすものと判断して、業務上と認定した裁判例がある。
このようなことで、迅速な保護をするという目的が達成されないことは遺憾なことであり、これを解決するためには、行政内部における労災補償の認定体制、特に質的な改善が求められる。
たとえば、労災補償の認定を担当する職員に対する研修の充実や労災補償の認定を円滑に行うためのマニュアルの作成などを行うことが考えられる。
一方、認定基準の認定要件を満たさない場合について、裁判所は、認定基準の認定要件を満たさないからといって、「業務上の疾病」に当たらないとまで直ちに言えるものではないとの立場をとっており、このような場合には、就業の実態などに照らして、更に総合的に判断する必要があるとしている。
したがって、裁判所の目からみれば、現在の脳・心臓疾患に関する労災補償の認定基準は、本来認定されるべきケースの全部ではなく、特定の部分だけをカバーしていることになる。
認定基準と裁判所の判断において、このようなずれが生じていることの要因として考えられることとして、裁判所は、業務と脳・心臓疾患の発症との間に相当因果関係の判断に当たっては、その疾病の発生のメカニズムなどに関する医学的知見を必要とするが、相当因果関係の判断には、疾病の原因に関する医学的な判定そのものではなく、その疾病が業務によって発生したと認定し得るかどうかの法的判断であるとする考え方であることがある。
すなわち、現在の脳・心臓疾患に関する労災補償の認定基準は、疾病の原因に関する医学的な判定をベースとして策定されているのではないかという疑問がこのようなずれが生じさせているのではないか。
疾病の原因に関する医学的な判定をベースとする場合には、医学的に見て、業務上の要因が疾病の発症の決定的な要因であることが証明されなければ認定されないことになるが、法的な判断として行う場合には、業務上の要因と業務外の要因とを比べてみて判断し、極端な場合には、業務外の要因によるものではないから業務上の要因によるものであると判断することも可能なのである。
労災保険は、言うまでもなく労災保険法に基づく法的制度である。法的制度である以上、最終的には法的判断がなされるべきである。
そのためには、少なくとも脳・心臓疾患に関する労災補償の認定基準は、これまでの裁判における判断が十分反映されたものとなるように、見直す必要があるのではなかろうか。
【木村大樹 国際産業労働調査研究センター代表】
