労働あ・ら・かると

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今月のテーマ(2009年8月 その2)

「不機嫌な職場」の不均等な職務構造

 高橋克徳ほか著『不機嫌な職場』(講談社現代新書、2008年)が示してみせたのは、最近の日本企業における職務構造の問題点である。

 かつての上司は、「仕事というのは、言われたことをやるだけでなく、言われてないことをやることだ」と部下に諭したものだ。日本の企業では、仕事の責任範囲が曖昧で人の能力やその時々の状態によって変化をさせることが多い。

 この曖昧さは欧米企業と対比するとわかりやすい。欧米企業は職務を中心に組織が組み立てられている。この職務により評価や報酬も決められており、必要なスキルも明らかになっている。人事、組織が職務を中心に運営されている。

 その一方、日本企業は上記の例のように責任範囲を曖昧にし、人の能力や実態に合わせ、責任範囲を伸び縮みさせる方法で組織を運営している。(40-41ページ)

 これに対して、1990年代後半から導入された成果主義の根本の一つは、「成果」を定義するというところにある。それはつまり「仕事の定義」を明確にするということだ。

  「あなたの仕事は何なのか? あなたの成果は何なのか?」

 これは従来の曖昧さを出来る限り排除し、個人個人の仕事をはっきりとさせていった。成果主義とは、これらを全社的に問いかける運動だった。この運動は、曖昧さによる問題が大きくなっていた日本企業にとっては、非常に有益な「成果」をもたらした。(46ページ)

 ところが、ここに大きな問題が生じてきた。

 それは、旧世代は仕事の範囲が曖昧であったが、曖昧であったがために自分の仕事の前後工程や関連工程を常に意識し知る必要があった。その結果、自分の仕事をしていても、受け手の状態を考えながら自分の仕事の調整をする、お互いの仕事の間に落ちそうな状態を事前に察知して手を伸ばすなどの行動が自然にとれていたのである。曖昧なるがゆえに、個人間のつながりが強化されていたのである。

 その一方、その状態を知らない新世代に変わるにつれ、自分の仕事の範囲しか知る必要がない状態でよしとされたため、個人間のつながりが極端に悪くなってきた。「あなたの仕事の範囲はこう。期待する成果はこれ」と言われてきたら、その範囲に集中すればよいと考えることが当然となる。

 こうして世代が移るにつれ、前後工程への理解や意識の度合いが減り、仕事は分断されてきた。さらに、「それは私の仕事ではない」状態が蔓延するにつれ、自分と他者との間に落ちるような仕事に対し、手を差し出すということが減り、日本の会社の強みであった「すりあわせ」「柔軟な協力体制」に綻びが生じてきた。それが昨今、頻発する品質問題などのベースにある組織問題である。(51-52ページ)

 これとほぼ同様のことを、拙著『過労死・過労自殺の心理と職場』(青弓社、2003年)のなかで述べたことがある。

 もともと柔軟な職務構造では、各人の職務範囲や内容に重なりの部分が生じ、誰の担当かがはっきりしない領域が多い。柔軟さ(フレキシビリティ)とは、「曖昧性」をもった領域をつないでいく「人と人との間」のコーディネーションなのである。だからこそ、型にはまったフォーマルな職務ではなく、人柄や人格といわれるような人的要素が必要になる。(152ページ)

 「境界の柔軟性」とは「どこで自分の仕事が終わり他人の仕事が始まるか」がはっきりしないことである。そこには、「自分の仕事」と「他人の仕事」の「明確な」区分ができない曖昧さがある。欧米の職務構造では、明確な区分があるから「それは私の仕事ではない」というのが自分の仕事分担を守る言葉となる。それが、インフォーマルな仕事を「拒否する」根拠となるのである。

 自分の仕事と他人の仕事の境界線が不明確であるとき、その境界線上の仕事はどちらが分担するのだろうか。いちばん望ましいのは、お互いの忙しさに応じて臨機応変に両者が仕事を分かち合うことだろう。逆に両方が何もしないことも考えられる。(153ページ)

 わたしは、職務の明確化そのものには賛成である。問題は、それを誰がどのように推進していくのか、その過程の混乱をどのようにくい止めるのかにある。場合によっては、一方的に負担を背負い込む一部の人たちがますます増える結果になるかもしれない。
職務の明確化にともなって誰の分担でもない仕事領域が広がり、結局はその部分を配慮性の強い人が抱え込む可能性があるからだ。曖昧な自分がそれに抗しきれるだろうか。まだまだ検討すべき余地があるだろう。(156ページ)

 このように、成果主義後の「不機嫌な職場」の状況は、職務構造の面からみると「曖昧さゆえの不均等」と言えるだろう。それが、世代間の意識格差ともあいまって、「決められた自分の仕事以外はしない」という困った態度を生み出しているのである。

【大野正和 大阪経済法科大学講師、職場研修指導員】
ひきこもりと過労死の日本的経営論:http://www.geocities.jp/japankaroshi/