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今月のテーマ(2009年7月 その5)
「職場のうつ」の根本原因は「長時間労働」ではない(Part2)
ここで問題にしているのは、以前の拙著『過労死・過労自殺の心理と職場』(青弓社、2003年)で論じたような「メランコリー親和型うつ病」ではない。それよりも、「軽症うつ病」「非定型うつ病」などと呼ばれている新しいタイプの「職場のうつ」だ。なぜ現代社会でこのタイプが急増しているのかについては、詳しく解明する余裕はないが、今回はその特徴について簡単に見てみよう。
前回と同じブログからの引用である。
仕事の処理スピードをゆっくりするだけではなく、
守備範囲を広げてしまってアップアップになっている状態をどう改善するか?
そうやって、「NO」と言えるか?
そこが難しい。
たとえば、英文メールの内容で、
「文法とかスペル間違っていない?」って訊かれるのはサポート範囲だけれど、
「この文章の内容でOK?もっと短い(または長い)方がいい?」と訊かれると、
他人の書く文章の内容まで添削するのは私の仕事の範囲ではない。
そもそも、何を書くかは本人の自由であり、センスの問題もある。
そういった部分にまで踏み込むのは無理な話だ。
問題は、訊かれると生真面目に「返事しなきゃ!」と思い込んでしまう私の思考回路。
そんな私の性質と、依存性が高い上司の性質と、
二つの負の要素が重なり合って、今の状況が出来上がってしまった。
単純に業務をこなすスピードを緩めればなんとかなると思っていたけれど、
根本問題が露呈してきて、
かつ、物理的に対処できる問題ではないこともわかった。
やはり、自分自身、「変わらなければ・・・」と、強く感じる。
このままで生きていたら、毎回毎回、誰かに頼られるたびに私はうつ病になってしまう。
「子供を生んで育てる」なんて平凡な幸せが程遠くなる。
自分の仕事の「守備範囲を広げて」しまうこと、「生真面目」な「思考回路」。これらは、たしかに「メランコリー型」とも共通する特徴である。しかし、「毎回毎回・・・うつ病になってしまう」という表現には、過労自殺にいたるような深刻な重症ケースとはどこか違って、職場で繰り返される日常的な風景が強く反映している。
そして、この事例で重要なのは「依存性が高い上司の性質」である。「私の仕事の範囲」を越えて「頼られる」ことが、このブロガーのストレスを高めている。しかもそこには、上司の性質と「私の思考回路」とがセットになった「二つの負の要素」がある。
この上司と部下との二者関係的な要素に問題が起こるのが、最近の「職場のうつ」のひとつの特徴だといえる。場合によっては、パワハラにいたるようなケースもある。精神分析学的には、幼少期の親子関係がそこに投影されているという指摘もある。
この「状況が出来上がってしまった」のは、「業務をこなすスピード」などの「物理的に対処できる問題」によるものではない。ここに、「長時間労働原因説」では解明できない精神や心の領域に踏み込まざるをえない必然性がある。
たとえば、上司の依存性と部下の生真面目さ=誠実性とがカップリングされた場合の職場病理については、もっと真剣に考えなくてはならないだろう。それを単純に労使関係や労務管理の問題として、制度面だけで解決できるだろうか。
ここでのキーワードは、「私の仕事の範囲」、「私の思考回路」と「依存性が高い上司」である。第一の「仕事の範囲」を明確に限定しようとするのが「職務主義」の発想であることは、これまでの連載で述べてきた。そこに、「思考回路」と「依存性」という心理的な問題点がからんでいる。
ぎゃくにいうと、日本の職場での仕事ぶりは、人々の思考パターンや依存する心理などにきわめて左右されやすい。欧米流の職務主義はこういった人間心理の脆弱性を持ち込ませない頑強なシステムである。
最近の日本企業では、職務主義を定着させ、賃金体系にも職務給を導入しようという動きが労使双方から試みられている。このブロガーが望むような「平凡な幸せ」の実現のためにも、そのほうがいいのだという意見もある。
「自分自身」が「変わらなければ」と追い詰めるのではなく、「仕事の範囲」を中心とする制度設計から「職場のうつ」を解決することは可能だろうか。そのあたりを、今後の連載で考察していきたいと思う。
【大野正和 大阪経済法科大学講師、職場研修指導員】
ひきこもりと過労死の日本的経営論:http://www.geocities.jp/japankaroshi/
