労働あ・ら・かると

 当コーナーでは、専門家による労働政策、労働経済情勢等に関するレポートを、随時紹介させていただいております。専門家の方々の明快な主張、独自の切り口による鋭い論評等が満載のレポートとなっています。ぜひ、ご覧になって下さい。

今月のテーマ(2009年5月)

「派遣切り」から「うつ病切り」にならないために

 2008年末の「派遣村」によって世間に知れ渡った「派遣切り」の問題は、そう簡単には決着がつきそうにもない。大学の教員としての感想だが、学生は「自分だけはそうなりたくない」「そうなる前に絶対正社員になる」という「守り」の姿勢を強めている。また、「それは、結局は自分で選んだ道だから」というある種の「自己責任論」に近い意見も見られる。

 一方、ロスト・ジェネレーションと呼ばれる団塊ジュニア世代が「アラフォー」にさしかかり、ようやく「非正規雇用問題」が「国民生活問題」として語られる基盤ができつつある。彼らのなかには、結婚も出産も諦めて将来の老後生活までも「一人で生きる」覚悟を決めつつあるものも多い。孤独と不安の渦中にありながらも、どこまでも「自分の力に頼る」しかない厳しい選択を自ら下そうとしている。

 そのなかで、ハローワークにはかつてない大量の求職希望者が殺到しているという。

 その特徴のひとつは、いままで、ひきこもりやニートというかたちで自宅にこもっていた人たちや、フリーターや不安定雇用の若者などが、「このままではマズい」という危機感から仕事を求めはじめたことがある。親の保護に頼るのもそろそろ限界となり、さらには自分自身が「中高年」となっていく現実に焦りを感じるのも無理ないであろう。

 さらには、うつ病などで休職中の正社員の中にも早期の復職を求める動きが出はじめているという。全体として、この度の「100年に一度」といわれる経済不況をまのあたりにして、何とか安定した仕事に就かなければ明日がないといった焦燥感が漂ってきている。

 そんな労働者側の切迫感に対して、企業側も、ますます激化する国際競争や長期化する不況の中で、なんとかコスト削減をできるところでやろうという管理を強めつつある。「派遣村」の主張者たちの批判は、そういうコスト削減のための「派遣切り」を認めないというものであった。

 しかし、労働側にとって厳しいのは、人件費抑制が「派遣労働者」から一部の「正社員」にまで確実に拡大してきていることである。正社員の中でも病気で療養中の休職者がそのターゲットとされつつある。とくに、「うつ病」と診断された人々への風当たりは強い。場合によっては、今後「うつ病切り」といった現象が広まる可能性もあるだろう。

 最近の「アラフォー」などといわれる中堅サラリーマン層に見られる「うつ病」は、かつてのような自殺念慮を強く抱く深刻なタイプから、いわゆる「軽症うつ病」タイプが増加する傾向にある。ここには、適切な治療があれば十分に職場復帰できる社員が、長期間の休職に甘んじているケースが含まれている。

 言葉を変えると、優秀な精神科医でも、いままでの基準や経験では判断できないような微妙な症状が増えているとも言える。なかには、あきらかに「抗うつ剤」の過剰投与によって事態を悪化させている事例もある。それほど、「うつ病」の病像は現代化しているのである。

 「軽症うつ病」の多くは、上司をはじめ職場の人間関係のトラブルから発症していると見られる。もちろん、深刻なパワハラや長時間労働から自殺にいたるケースも見過ごせないが、その背後にはかなりの数の予備軍や軽症化した事例が存在するはずだ。彼ら彼女らは、「うつ病」と診断されて休職することによって、余計に見通しを失う場合がある。

 それは、無理にでも出勤したほうがいいという意味ではなくて、適切な治療と復職プログラムがなかなか用意されていないという現状を物語っている。大企業でも、産業医と人事部の連携のもとに、貴重な人材である従業員の早期回復を図るという理念を確立する必要があろう。ましてや、「うつ病」を口実にリストラの対象にあげるという行為は避けなくてはならない。

 そうはいっても、「軽症うつ病」の場合でもいったん休職して投薬が開始されると、なかなか元の健康状態を回復することが難しくなる。従業員個人の自己防衛策として、自分の病状をよく理解することや薬の知識をもつこと、会社の就業規則をはじめ休職と復職にあたっての制度をよく調べておくことが求められよう。

 会社の人事管理としても「はじめに退職ありき」の対応をするのではなくて、早期の段階での効果的な復職プログラムを整備しなくてはならない。

 企業環境はますます厳しさを増しているが、こんな時代だからこそ、かつての「人を大切にする経営」を思い起こして、有為の人材をほんとうに支えるメンタルヘルスにとりかからなくてはならないと考える。

【大野正和 大阪経済法科大学講師、職場研修指導員】
ひきこもりと過労死の日本的経営論:http://www.geocities.jp/japankaroshi/