労働あ・ら・かると

 当コーナーでは、専門家による労働政策、労働経済情勢等に関するレポートを、随時紹介させていただいております。専門家の方々の明快な主張、独自の切り口による鋭い論評等が満載のレポートとなっています。ぜひ、ご覧になって下さい。

今月のテーマ(2009年2月)

経労委報告(2009年)

 世界的不況の感を強める中、日本経団連は2008年12月16日、春季の労使交渉に向けた経営側の指針として「経営労働政策委員会報告(経労委報告)」を発表した。

 報告書の大きな特徴は、原点に立ち返り、労使交渉に直接かかわる企業経営と労使関係、処遇制度、労働諸施策の課題に絞っており、例年盛り込まれている社会保障、教育問題等は本報告書とは切り離している点である。

 報告書は4章立ての構成で、1章は国内外の経済動向と今後の見通し、2章は今次労使交渉上の課題に対する経営側のスタンス、3章は公正な人事・賃金等処遇問題、4章はわが国企業の活力・競争力を高める環境整備となっている。

 本報告書での主な点を取り上げ、それについての感想を述べることにする。

 第1点は、報告書の副題が「労使一丸で難局を乗り越えさらなる飛躍に挑戦を」となっている。この趣旨は日本経団連の御手洗会長の「序文」および第2章の「企業を取り巻く危機的状況への対応に見る労使関係の深化」に書かれている。序文では「世界経済はかつてないほどの危機的な状況…営々として築き上げられてきた資本主義経済にとっての脅威」との認識を踏まえて「経営者はこうしたときにこそ経済社会の持続的発展に尽力する志…。変化を先読みし、イノベーションの推進や、新たなビジネスモデルの構築に…果敢に挑戦し、企業の成長を通じて日本経済を支えるという気概が求められている」とし、また、第2章では第1次オイルショック、バブル崩壊後の長期不況という過去2回の経済的危機を分析し、「厳しい経営環境は、他者が追随できない競争力を築いていくチャンスでもある。そのため労使が経営課題を共有し一層の飛躍に向けて、たえざる挑戦を続けていくことが求められる」とし、大変厳しい経営環境であるが、労使が一丸となって難局を乗り越え、明日の活力・競争力、経営・経済発展のために努力しようとの強いメッセージが書かれている。これらの内容は今後の経営の基本的スタンスを示したもので、厳しい経営環境下で各企業がその間に何をやってきたかで、その後の企業の強さが決まるともいわれている。縮こまりの思考ではなく、将来に向けた展望を明確にもち、労使がしっかり対応することが重要との考え方は的確な指摘である。

 第2点は、雇用問題である。報告書では、第2章の「今次労使交渉・協議に向けた経営側の基本姿勢」で、これまで日本企業は、雇用の維持・安定に努めてきており、そのことにより、人的資本の蓄積、労使の信頼関係の構築、従業員の忠誠心、チームワーク等について「競争力の源」と評価。経営環境が変わってきていることとの関係で日本的経営も見直す必要があるが「雇用の安定は守る」との記述になっており、広く開かれた雇用機会の提供として、若者の活用、女性、高齢者、外国人等の活用等を示している。

 企業業績が急激に悪化し、先行きが不透明ということもあって、企業は早急なる合理化が求められ、その中で大きな問題になっているのが雇用の問題である。いまや労使間の問題のみならず、社会問題になっている。日本を代表する大企業の「派遣契約の打ち切り」や「正社員の希望退職者の募集」などが毎日ようにマスコミに大きく取り上げられている。特に派遣社員の契約期間内の打ち切りや製造業派遣の法的問題への対応が注目されている。製造業派遣の導入に当たっては賛否両論があり、当時の厳しい経営・雇用環境、政治等の時代の流れの中で導入されたと理解している。雇用形態の多様化は望ましいことではあるが、当時の政労使は、現在の実態のような活用のされ方が起こるとはあまり想定されなかったのではないか、それとの関連で法的整備が十分でないとの意見が続出し、製造業派遣の禁止、見直し、継続などさまざまな意見が出されている。

 非正規社員が雇用労働者の3割強になり、急激な景気の悪化もあいまって、今後の対応が注目されているが、この機会にこれからの経営のあり方、雇用のあり方を真剣に検討し誤りのない方向性を示し、それを実行していく上での環境整備をする必要がある。

 雇用あり方は人事・賃金・賞与・退職金、能力開発、人材育成・活用、などについて保護されすぎている正規社員と非正規社員との均衡問題、あるいは雇用の情報ネットワークのさらなる整備、職業訓練、社会での能力評価基準、セーフテイネットの整備などとの関連があり、もっとトータルの視点で議論し、それを実現するシステムを構築しないとお互いが納得し、活力ある社会や企業組織を実現していくことは難しい。均衡的処遇は先進諸国の中でも遅れている。

 年功的要素を土台にしてきた正規社員の処遇とマーケットで決まる非正規社員の処遇との是正は“職務や役割”という観点から行う必要がある。政労使とも問題があると知りながら、それぞれの役割を果たさず、自分たち中心の言動をしてきた結果が身分の固定的情況や処遇の格差拡大、雇用需給のミスマッチといった現在抱えている問題を発生させてきたように思われる。

 雇用確保との関連でにわかにワークシェアリングが労使・マスコミ等で大きく取り上げられている。今のところは、労使言葉は同じでも思っていることは相当な開きがあり、まさに“同床異夢”という感じである。雇用環境が厳しくなるとよく出る話であるが労使交渉が終わるとトーンダウンするというのが今までの例で、今年もそんな感じがしなくもない。ワークシェアリングにもいろいろなタイプがある。本気でやる気があるのであれば、何を目的にワークシェアリングを導入したいのかをきちんと議論し、国民や従業員の理解を得ることになる。大事な点は、基本的にはワークシェリングはウェッジシェアリングを伴うこと、部分最適、自分たちだけの都合の良さではなく、全体最適、国民にとって最適をめざすという視点を忘れてはならない。

 第3点は賃上げの問題である。本報告書では「生産性を機軸とした人件費管理」の項目の中で、賃金をはじめとする労働条件の決定に当たっては以下の3つの視点を念頭に置く必要があるとして、「第一は、国際競争力の維持・強化の視点、第二は、付加価値増大を追及するための環境整備の視点、第三は、総額人件費管理の徹底」である。それとの関連で経営側としての考え方がいろいろ示されている。

 「悪化している企業業績の下ではマクロ的にはベアを実施できる企業は多くないであろう」としている。この問題についての経営側の基本的なスタンスは例年と変わっていないが、経営環境が激変してきたこともあって昨年よりも厳しい表現になっている。「賃上げができるかできないかは個別企業の問題であり、個々の企業の支払い能力によって、個々の企業経営者が自己責任で決めることである」としている。業績の良いところは賃上げを実施するであろうが、良くないとこは賃上げを実施せず雇用確保に勤める企業もある。厳しい企業は賃下げ交渉も出てくる、また需給の短期的変動による一時的な業績変動は賞与・一時金に反映させることが基本」と述べている。

 「今のような状況下で横断的な賃上げはなじまず、そのような時代でもない」とも述べている。これらの基本的考え方は年々の景気動向で多少表現の違いがあるにせよ経営側としては一貫して述べてきている内容である。また「企業収益や労働条件を確保するためには付加価値の増大に力を注ぐべきで労使がお互いの知恵を出し合っていく必要がある。また労働分配率については賃上げの指標とはなりえない」としている。昨年も触れているが今年も「マクロベースの労働分配率は景気との関係で上がり下がりするので、どの時点を取るかで高い低いという問題が発生するし、産業によっても異なる。ミクロベースでは時系列でとることによって企業の経営状態が分かるためそれなりの活用の仕方がある」としている。また、「昇給が行われ各人の賃金が上がっていることを理解して欲しい」としている。経営側の立場とすれば当然のことを述べている。

 連合では2001年以来8年ぶりの統一ベア要求を行い、それを受けて各産別とも物価上昇分を賃上げ要求内容に組み込んでいる。労働側はいつものように賃上げによる内需拡大論を転換している。

 現在の業績、厳しい雇用環境を考えた場合、労組の賃上げ要求が多くの人の共感を得られるのかなというのが率直な感じである。最近の労働組合の言動を見ると賃上げが可能な状況下で賃上げを求めず、多くの人が賃上げは難しいのではないかと思っているときに要求をするなど、社会の意識とズレが生じているように思われることが多々ある。もう一点は自分たちの論理だけでなくもっと広い視点で言動をしないと社会から評価される組織として発展していくことは難しいのではないかという思いもある。あまり自分たち本位の主張だけでは多くの人の共感を得ることは難しく、結果的には目的を達成することはできないことになる。

 これは経営側、経済団体にも言えることで、労使は広い視点に立って透明、納得性を重視しつつ、有言実行でいろんな問題に真剣に取り組み、社会、国の健全なる発展に大きく貢献することを今強く期待されているのではないか。

 第4点は人事賃金等処遇問題。今年の報告書で分量を増した項目として人事賃金など処遇問題がある。個人の能力をどのように生かすか、公正、透明、納得のある処遇制度をどのように導入するかが個人の意欲、組織の活性化にきわめて重要であるとの認識が各企業に強まった結果と思われる。

 報告書ではこれからの処遇制度としては、「人の活力を引き出す人事・賃金システムの構築に取り組む必要がある」とし、その際、「仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度の構築・運用、開かれた雇用機会の提供、いきいきと働ける環境の整備という3つの観点が重要」と指摘している。これらの点は現在の処遇の流れであり、妥当な提言と思われる。

【MMC総研 代表 小柳勝二郎(元日経連理事・労政部長)】